海外対応ポジションに応募してきた「完璧な50代」
- 拠点は地方の製造拠点。 職種は品質保証統括。将来的にはアジア圏の海外子会社に赴任し、現地での製造品質・オペレーション・ITシステム導入を統括する“駐在前提のハイクラス採用”。現場知識、英語での交渉、ITリテラシー、現地マネジメント経験。どれも外せない条件でした。
- そんな中で現れたのが、52歳のK氏。
- 製造大手で20年。品質保証部門の責任者として、ERP導入と海外対応まで手掛けてきたと書かれた職務経歴書。面接での受け答えは誠実かつ論理的。英語での質疑にも問題なく対応。人事部では、海外赴任前提での契約内容・住宅手当・渡航手続きに関する案内準備が進み、社内では「この人で決まり」の雰囲気ができていました。
採用5日前、念のため依頼された調査で全てが変わる
- 「念のために」依頼されたのは、バックグラウンドチェックとリファレンスチェックの併用調査でした。調査依頼の背景には、現場責任者からの一言がありました。
- 「書類も面接も良すぎる。逆に、少し引っかかる」
- 実際、採用準備は最終段階に入っていました。条件通知書の作成、赴任スケジュールの社内通知、候補者の個人対応窓口も設定済。それだけに、調査で不一致が出ればすべてを巻き戻すことになります。数日後に始まるはずだった新しい体制は、たった一つの確認で止まりました。問題は“印象”ではなく、裏付けのない経歴でした。
リファレンスで出てきた“不一致”
- 調査チームは、K氏が「海外対応の実績がある」として記載していた拠点に対し、英語によるリファレンスヒアリングを行いました。対象は、東南アジアにある協力企業の現地マネージャー。
- K氏が過去に「製品導入を主導した」と語っていた案件の責任者でもあります。当初の反応は静かなものでしたが、具体的な業務関与について尋ねると、トーンが明らかに変わったとのことです。
- 「彼が主導したプロジェクト? いや、現場には来ていましたが、技術的な調整や管理はしていませんでした」
- 「挨拶を交わした程度です。実際のやりとりは、ほぼ通訳経由でしたよ」
- 「正直、こちらの現場では“視察に来た日本の担当者”くらいの認識でした」
- さらに、現地スタッフ複数名へのヒアリングにより、K氏の“海外経験”の実態が明らかになりました。
- ・英語は「業務に耐えるレベルではなく、単語のやりとりが限界だった」
- ・会議中の発言は少なく、現地側が配慮して会話を合わせていた
- ・夜は毎晩、現地の接待店やバーに出入りしており、スタッフ内では「飲み歩きが本業」と揶揄されていた
- ・会食時に女性スタッフへの接し方が軽率で、苦手意識を持つ社員もいた
- 本人が面接で自信を持って語っていた“語学力”や“現地での信頼関係”は、実際にはまったく裏付けが取れなかったのです。社内で「人柄が良い」「雰囲気が安心感ある」という評価を受けていたK氏。ですが、第三者による事実確認によって、その印象の裏側にあった“演じられた経歴”が崩れていきました。
バックグラウンドチェックで見えてきた“盛られたキャリアの中身”
- バックグラウンドチェックでは、K氏の申告した内容と、実際の履歴との間にいくつもの乖離が見つかりました。特に問題となったのが「海外業務経験」でした。
- K氏は職務経歴書の中で、「東南アジア拠点の製品導入サポートを担当」「現地責任者との英語調整」などの具体的な記載をしていましたが、調査の結果、それらは形式的な“現地滞在”に過ぎなかったことが判明しました。社内の出張記録や精算書類には、K氏の名前は一度も登場せず。逆に、パスポトの渡航履歴や入国スタンプからは、観光地の入国が主で、業務と連動していない日程が目立ちました。
- 同僚からの証言では、「現地で仕事の話をしていた記憶はほとんどない」「夕方にはいつも街に出ていた」とされており、事実上は“観光を兼ねた社外滞在”だったと見られました。
英語もプロジェクトも“なんとなく話せるレベル”だった
- 本人が自信を持ってアピールしていた語学力についても、実態は異なっていました。TOEICスコアは提出なし。調査チームが照会したところ、過去に受験した形跡はなく、社内でも「翻訳アプリに頼っていた」という証言が複数確認されました。
- ERP導入のプロジェクト関与についても、システム部門・品質保証部門双方にヒアリングを実施しましたが、K氏の名前が出てくる記録は一切ありませんでした。関係者の一人は「そんなに関わっていたなら、間違いなく議事録に名前が残るはず」と話していました。
職歴は“合っている”が“意味が違う”
- 職歴に記載された企業名や在籍期間は、記録上は正しかった。
- しかし、肝心の雇用形態と役割が、書類上の表現とは大きく異なっていました。在籍していたのは、正社員ではなく長期の契約スタッフ。しかも、業務内容は品質保証ではなく、実質的には記録管理や報告補助などの補佐業務。本人が語っていた「マネジメント」「責任者としての意思決定経験」は、立場的にも業務上も裏付けが取れなかったのです。
SNSで“キャリアと人柄”のギャップが露呈
- 加えて、調査の中でK氏の個人SNSアカウントが確認され、そこには「グローバル人材」「外資からも声がかかる」といったキャリア誇張ともとれる投稿が複数見つかりました。
- さらに問題だったのは、現地滞在中に撮影された深夜のバーでの自撮り写真や、 “女性を値踏みするような投稿”が残されていたこと。採用予定先の企業は製造現場にも女性管理者が多く、企業としてもコンプライアンスに厳しい体制を敷いていたため、人事責任者は「この人物を社内に入れるわけにはいかない」と即断しました。
なぜ見抜けなかったのか?
- K氏は、語る内容に綻びが一切ありませんでした。履歴書は整いすぎており、面接では質問に対する反応も速く、想定問答をすでに読み込んでいたようでした。関係者の名前、工程の流れ、具体的な数字を交えた説明。プロジェクトの話には「参加者の中で一番苦労した」「途中で設計を変えた」といった“細部のリアルさ”が加えられていたから。
- ですが、調査の結果、その“細部”こそが借り物の情報でした。ヒアリングに応じた元同僚からは、「その話、部署内で当時話題になった上司のエピソードとまったく同じ」と指摘があり、現地拠点からは「彼がプロジェクトの中心人物だったという話自体が初耳」と回答されました。
- 人事としては、経験値の高い50代候補者に対して「さすがに演技はしてこないだろう」という前提がありました。年齢、落ち着き、語り口、見た目、振る舞い。すべてが“信頼できそう”でしたが、そこにこそ罠が。
- 人事は人物評価に慣れている分、「違和感がない=問題がない」という認知バイアスに陥りやすいのです。ですが実際には、“違和感のなさ”こそが最も警戒すべきサインだったのです。
もしこのまま採用していたら
- 現地赴任の予定地では、すでに顔写真入りのスタッフ紹介資料が共有。歓迎メッセージのメール原稿も仮保存され、現場では受け入れ体制が組まれ始めていました。そのまま採用されていれば、以下のような事態が確実に発生していた可能性が高いと考えられます。
- • 海外拠点で英語による指示が通じず、現地マネージャーから即時不信感を持たれる
- • 製造品質に関わる判断ができず、トラブルの際に対応が滞る
- • ERPや現地工程改善に関する話が理解されず、IT側・品質側の連携が崩れる
- • 拠点全体の運営に支障が出て、本社への現地レポートが上がらなくなる
- • 数ヶ月以内に現地クレーム → 本社経営陣が再対応に追われる
- • 採用のやり直しで再コスト・再教育・現場士気低下
- • 一連の混乱が社外へ広がれば、企業イメージにも傷がつく
- さらに、K氏のSNS投稿が社名付きで拡散されていた場合、企業の採用判断そのものが問われる炎上リスクにまで発展していた可能性があります。
結論:採用とは「印象」で決めるものではなく、「事実」で支えるべきプロセスである
- あのとき調査を挟まなければ、企業側は確実に誤った人材を採用していたかもしれません。
- 履歴書の内容は整っていた。面接も問題なかった。英語対応も流暢に見えた。
- それでも、裏付けを取った瞬間に“演じられた人物像”が崩れていきました。採用とは、書類と面接だけで成立するものではありません。今は、生成AIやテンプレートを駆使して「それらしい経歴」をつくることがいくらでも可能な時代です。 語る内容に筋が通っていれば、外見や言葉遣いに違和感がなければ、人事としては「信用してもいい」と判断してしまう傾向にあります。
- しかし、それは人事担当者の職能不足ではありません。
- むしろ、人事だけで“真実かどうか”を判断するのは、構造的に無理があります。
- 人を見る目があっても、「調査できる目」は別物。
- だからこそ、外部のプロフェッショナルの視点を一度通すことが、今後の採用における“信頼の担保”になります。誤った人物を採ったあとの対応は、コストも信頼もすべてが後手になります。面接で魅力的だったその候補者が、本当に“実在する人物”なのか。それを確認する工程を、これからの採用フローの中に必ず入れておくべき時代になっています。
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