2026年10月1日まで、残り約1カ月。
企業の人事・労務部門では「カスタマーハラスメント対策の義務化」を認識し、相談窓口の設置や対応マニュアルの整備を進めているところも多いだろう。
しかし、今回の法改正で企業が対応しなければならないのは、カスハラだけではない。
同じ2026年10月1日から、求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置も事業主の義務になる。
つまり、見直すべきなのは店舗やコールセンターのクレーム対応だけではない。採用面接、会社説明会、インターンシップ、社員訪問、さらには求職者と社員とのSNS上のやり取りまで、「採用活動そのもののリスク管理」が問われる法改正なのである。
人事部門が10月1日までに確認すべきポイントを整理した。
2026年10月1日、何が変わるのか
2025年6月に公布された改正法により、2026年10月1日からカスタマーハラスメント対策と求職者等へのセクシュアルハラスメント対策が事業主の義務となる。
厚生労働省はカスハラについて、2026年10月1日からすべての事業主に対策が義務付けられるとしている。大企業だけの問題ではなく、中小企業も準備が必要だ。
カスハラについて企業に求められる措置は、単に「従業員に我慢させない」という宣言だけではない。
厚生労働省の指針では、例えば、
- カスハラに毅然と対応し、労働者を保護するという方針の明確化
- カスハラの内容や対応方法の社内周知
- 相談窓口の設置
- 相談担当者が適切に対応できる体制の整備
- 発生時の迅速かつ正確な事実確認
- 被害を受けた労働者への配慮
- 再発防止
- 悪質なカスハラへの対処方針と体制
- 相談者等のプライバシー保護
- 相談を理由とする不利益取扱いの禁止
などが示されている。
厚生労働省自身も2026年8月20日、施行直前の解説で、今後は「現場での対応を個人に任せない仕組みづくり」が必要になると改めて呼びかけている。
ポイントは「マニュアルを作ったか」ではない。
実際に問題が起きたとき、会社として誰が判断し、誰が記録し、誰が従業員を保護するのか。
そこまで動く状態にしておく必要がある。
現場社員の57.8%が「会社の準備状況が分からない」
法施行まで残り約1カ月となっても、企業側の準備と現場の認識には大きな隔たりがある。
2026年7月に公表された働く男女500人への調査では、勤務先のカスハラ対策について、57.8%が「一般社員・現場職なので会社が準備を進めているか分からない」と回答した。
さらに、カスハラ被害を受けた、または遭遇した人のうち、勤務先に相談しなかった人は42.2%。相談しなかった理由として最も多かったのは「誰かに相談しても無駄だと思ったから」で55.2%だった。
別の2026年6月調査でも、接客・窓口・カスタマーサポート業務に従事する497人のうち、51.7%が勤務先のカスハラ対策について「特になし」と回答している。
もちろん、これらは日本企業全体の対応率を示す統計ではない。
しかし、施行直前になっても「会社が何を準備しているのか現場に伝わっていない」「相談制度が機能すると思われていない」という状況が存在することは、人事担当者にとって無視できない。
制度があることと、制度が機能していることは別なのである。
見落としやすいのが「求職者等セクハラ」
さらに注意したいのが、今回カスハラと同時に義務化される「求職者等セクハラ」対策だ。
ここでいう求職者等には、求人に応募する人だけではなく、採用に関係する活動に参加する人や、教育実習・看護実習などの実習を受ける人も含まれる。
対象となる場面も広い。
厚生労働省は、企業の採用面接、会社説明会、社員への訪問、インターンシップ、各種実習だけでなく、SNSなどオンラインを介したやり取りも対象に含まれると明示している。
これまで「社員になってからのセクハラ対策」は行っていても、「応募者と接するときの社員の行動」までは具体的にルール化していなかった企業もあるだろう。
しかし10月以降は、それでは不十分になる。
厚生労働省の指針では、企業に対して、求職者等セクハラを行ってはならないという方針だけでなく、違反者への厳正な対応、相談窓口、事実確認、被害者への配慮、再発防止などを求めている。
さらに特徴的なのが、求職活動に関する具体的なルールをあらかじめ定めることである。
厚生労働省はその例として、
「面談時間」「面談場所」「実施体制」「やり取りに使用するSNSの種類」
などを挙げている。
つまり、従来の「常識的に対応してください」ではなく、企業として行動基準を明文化することが必要になる。
「社員を信頼している」だけではリスク管理にならない
採用活動では、人事担当者だけが求職者と接するとは限らない。
現場社員による面談、リクルーター制度、OB・OG訪問、管理職面接、インターンシップなど、採用候補者と接触する社員の範囲は広い。
厚生労働省が紹介する実態調査では、就職活動やインターンシップを経験した人の約30%が、就職活動中にセクハラを経験したと回答している。
また、具体的な発生場面としてリクルーターとの接触、内々定後、SNSや就活マッチングサービスを通じた企業社員とのやり取りなども挙げられている。
ここで人事部門が考えなければならないのは、単なる研修の回数ではない。
誰が求職者と接触できるのか。
どこで会ってよいのか。
個人SNSで連絡してよいのか。
1対1の面談を認めるのか。
問題が発生した場合、記録をどこへ残すのか。
採用活動を一つの業務プロセスとして管理する発想が必要になる。
人事が9月中に確認したい5項目
施行まで時間が限られている。少なくとも次の5点は、10月1日までに確認しておきたい。
1.会社としての方針が明文化されているか
カスハラと求職者等セクハラの双方について、禁止事項、会社の対応方針、責任部署を明確にする。
2.相談窓口が「実際に使える状態」か
窓口名だけを設置するのではなく、誰が受け、どこまで報告し、どのように事実確認するのかまで決める。
求職者から相談できる導線も必要になる。
3.採用担当者だけでなく面接官・現場社員まで対象にしているか
求職者と接触する可能性のある管理職、リクルーター、インターン受け入れ部署なども教育対象に含める。
4.面談・SNS・個別連絡のルールが決まっているか
面談場所や時間帯、1対1面談の扱い、個人SNSや個人連絡先の利用、会食などについて企業として基準を設ける。
5.問題発生時に「記録」が残る仕組みがあるか
相談受付日時、当事者、事実確認、判断、対応内容、再発防止策まで記録できる体制を整えておく。
カスハラについても、求職者等セクハラについても、最終的に問われるのは会社としてどのように対応したのかである。
法改正を機に「採用ガバナンス」そのものを見直す
ここからは今回の法改正そのものとは別の論点になるが、採用をリスク管理の観点から捉える企業では、もう一つ確認しておきたいことがある。
それが、採用する側の管理だけでなく、採用判断そのもののガバナンスである。
企業は応募者を一方的に調べればよいわけではない。
厚生労働省は、公正な採用選考について、本人の適性・能力と関係のない事項を把握したり、身元調査などによって就職差別につながる情報を収集したりすることに注意を求めている。また、職業安定法上も、求職者の個人情報については募集目的の達成に必要な範囲で収集・保管・使用することが求められる。
したがって、バックグラウンドチェックも、「何でも調べれば安全」という考え方では成立しない。
確認する情報が職務上必要なのか、採用判断と合理的な関係があるのか、本人への説明や同意はどうするのか、取得した情報を誰が管理するのかまで含めて設計する必要がある。
企業調査センターでも、採用予定者のバックグラウンドチェックについて、調査時には求職者本人の同意を得ることを前提としている。
ここは今回の法改正と混同してはいけない。
バックグラウンドチェックを実施すれば、カスハラ対策や求職者等セクハラ対策の義務を果たしたことになるわけではない。
一方で、
「誰を採用するか」
「誰に採用面接を任せるか」
「どの情報を確認するか」
「求職者とどのように接触するか」
「問題が起きたとき、どう記録して判断するか」
を一つの採用ガバナンスとして整理することには大きな意味がある。
採用前の確認と採用活動中の行動管理は、別々の制度でありながら、どちらも人に起因する企業リスクを、勘や経験だけで管理しないという点では共通している。
10月1日に必要なのは「規程」ではなく「動く仕組み」
2026年10月1日の法改正対応で、人事が目指すべきゴールは「規程を作成しました」という状態ではない。
社員がルールを知っている。
相談先を知っている。
管理職が判断基準を知っている。
求職者にも相談ルートが示されている。
そして、問題が発生した際には事実確認と記録が行われる。
そこまで動いて初めて、企業のハラスメント対策は仕組みになる。
厚生労働省はすでに全国の労働局で改正法の説明会を進めており、施行準備は最終段階に入っている。
残り約1カ月。
人事部門は「カスハラマニュアルを作ったか」だけで確認を終えるのではなく、採用現場まで含めた人材リスク管理を一度、横断的に点検する時期に来ている。
Q1.カスハラ対策はいつから義務化されますか?
2026年10月1日からです。改正労働施策総合推進法により、カスタマーハラスメント防止のために必要な雇用管理上の措置を講じることが事業主の義務になります。
Q2.中小企業もカスハラ対策が必要ですか?
必要です。厚生労働省は、2026年10月1日からカスハラ対策がすべての事業主の義務になるとしています。
Q3.「求職者等セクハラ」とは何ですか?
企業の労働者による性的な言動によって、求職者等の求職活動などが阻害されるものです。採用面接、説明会、社員訪問、インターンシップなどのほか、SNS等を介したオンライン上のやり取りも対象になり得ます。
Q4.採用面接について企業は何を決めればよいですか?
厚生労働省は、求職活動に関するルールとして、面談の時間・場所・実施体制、使用するSNSの種類などをあらかじめ明確にする例を示しています。
Q5.バックグラウンドチェックをすれば法改正への対応になりますか?
それだけでは対応になりません。今回義務化されるのはハラスメント防止のための方針、相談体制、事実確認、被害者への配慮、再発防止などです。一方、バックグラウンドチェックは採用リスク管理の一手段であり、実施する場合には公正採用、個人情報保護、職務との関連性、本人への説明・同意などを踏まえて適切に設計する必要があります。
主要参考情報
厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」
厚生労働省「あかるい職場応援団」
厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」
厚生労働省「公正な採用選考の基本」
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