AI研修が増えても「AI人材」が増えるとは限らない
生成AIの業務利用が急速に広がり、企業ではAI研修、DX教育、リスキリングを人材育成施策へ取り入れる動きが定着しつつある。しかし、研修の実施回数を増やせば、そのままAI人材が育つわけではない。
Gartnerが2026年8月に公表した調査では、自社がデジタル人材育成に積極的に取り組んでいると答えた従業員が62.3%に達した一方、55.1%が自社のデジタル・スキル教育に不満を感じていた。企業側では教育投資が進んでいるにもかかわらず、現場ではその効果を十分に実感できていないということになる。
背景にあるのは、研修内容だけの問題ではない。通常業務が忙しく学習時間を確保できない、研修で身につけた知識を実務で使う機会がない、AIを活用して業務を改善しても人事評価につながらない、管理職が従来の仕事の進め方を変えない。こうした状態では、AI研修は「受講した」という実績だけを増やし、実際の業務変革には結びつきにくい。
AI人材育成で企業が考えるべきなのは、「何を学ばせるか」だけではない。学んだAIスキルをどの業務で使い、仕事の進め方をどう変え、成果をどのように評価するのかまで設計する必要がある。
AI人材とは「生成AIを使える人」ではない
AI人材という言葉から、ChatGPTやGemini、Microsoft Copilotなどを使いこなせる社員を想像する企業もある。しかし、生成AIを日常的に利用できることと、企業のAI活用を推進できることは同じではない。
企業が必要とするAI人材は、AIを使って文章や資料を作れる人だけではなく、現在の業務を分析し、どの工程をAIへ任せるべきか判断し、出力内容を検証しながら仕事そのものを改善できる人材である。
例えば、AIを導入して資料作成時間を半分に短縮できたとしても、その結果生まれた時間を別の単純作業に振り替えるだけでは大きな変革にはならない。AIによって減らせる仕事を見極め、人間にしかできない判断、企画、交渉、顧客対応などへ時間を再配分するところまで進めて初めて、生産性向上につながる。
2026年4月に改訂された「デジタルスキル標準 ver.2.0」でも、AI実装・運用だけではなく、AIガバナンス、データマネジメント、ビジネス変革などを含めて必要な能力が整理されている。AI人材に求められる能力は、「AIツールの操作」から「AIを利用して企業や業務を変える力」へ広がっている。
AI人材採用では職務経歴書だけで実力を判断しにくい
AI人材育成の問題は、既存社員だけの話ではない。外部からAI人材やDX人材を採用する場合にも、企業には新しい見極め方が求められる。
職務経歴書に「生成AI導入プロジェクトを担当」「DX推進責任者」「AI活用によって業務を効率化」と記載されていても、その一文だけでは候補者が実際に何をしたのかまでは分からない。
同じ「AIプロジェクト責任者」という肩書きでも、プロジェクト全体を設計した人と、一部業務を担当した人では経験の内容が大きく異なる。「DX推進部長」という役職についても、数十人の組織と予算を管理していたケースもあれば、実質的には数人のチームを担当していたケースもある。
生成AIの普及によって、履歴書、職務経歴書、自己PR自体も以前より高品質に作成できるようになった。生成AIを使うこと自体に問題があるわけではないが、企業側は「書類がよくできていること」と「実務能力が高いこと」を分けて判断しなければならない。
AI人材の面接では「何を使ったか」より「何を変えたか」を聞く
AI人材を採用する際、「ChatGPTを使えますか」「生成AIの経験はありますか」という質問だけでは実務能力を十分に判断できない。
確認したいのは、どのツールを使用したかではなく、AIによって実際の仕事をどう変えたかである。
例えば、「AI導入前にどの業務を分析したのか」「AI導入によってどの工程が変わったのか」「生成AIが誤った回答を出した場合にどのように検証したのか」「AI導入に反対する社員や部署へどのように説明したのか」といった質問を重ねれば、候補者がAIを単に使用しただけなのか、業務改善まで実行したのかが見えやすくなる。
AI人材の見極めでは、利用経験ではなく、課題発見、業務設計、検証、改善、社内調整まで含めた経験を確認することが重要になる。
AI人材採用とバックグラウンドチェック
面接や職務経歴書だけでは確認しにくい情報を補完する方法の一つが、バックグラウンドチェックである。
バックグラウンドチェックとは、採用候補者について、企業が採用判断を行うために必要な範囲で職歴や経歴などの情報を確認するプロセスを指す。
特にAI人材、DX人材、管理職など、過去の職務経験や役職、実績が採用判断に大きく影響するポジションでは、「申告された情報と実際の経歴に整合性があるか」という確認が重要になる。
ただし、バックグラウンドチェックは候補者の私生活を広く調べるためのものではない。採用ポジションとの関連性を踏まえ、必要な情報に限定して確認することが前提となる。
厚生労働省も、公正な採用選考では応募者本人の適性と能力に基づいて判断することを基本としている。本籍、家庭環境、宗教、思想・信条など、職務上の適性や能力と直接関係しない情報を採用判断へ持ち込まないことが重要である。
リファレンスチェックでは「実際の仕事ぶり」を確認する
AI人材採用では、リファレンスチェックも候補者を多面的に確認する方法の一つになる。
リファレンスチェックとは、候補者の過去の上司や同僚などから、実際の職務内容、役割、仕事の進め方、能力、周囲との協働状況などについて情報を得る方法である。
例えば候補者が「DXプロジェクトを主導した」と説明している場合、面接では本人の説明を確認し、リファレンスチェックでは過去の勤務先における実際の役割や仕事ぶりを第三者の視点から補完する。
AIやDXのプロジェクトは一人で完結することが少ない。経営層、情報システム部門、現場、法務、情報セキュリティ、外部ベンダーなど、多くの関係者を巻き込む必要がある。そのため技術的な知識だけではなく、コミュニケーション能力やマネジメント能力も重要になる。
AI人材の採用では、本人が何を知っているかだけでなく、実際の職場でどのように行動していたかを見ることも、重要な判断材料となる。
管理職・DX責任者・AI推進責任者ほど確認が重要になる
採用時の確認が特に重要になるのが、管理職、DX責任者、AI推進責任者など、組織の意思決定に関わるポジションである。
AI時代の管理職には、部下の進捗を管理するだけではなく、仕事そのものを再設計する役割が求められる。人間が担当する仕事、AIへ任せる仕事、廃止する仕事、新たに必要となる仕事を整理し、組織全体の生産性につなげる必要があるためだ。
そのため、「DX責任者を経験した」「AIプロジェクトを管理した」という肩書きだけでは十分ではない。何人の組織を管理していたのか、どの程度の予算や意思決定権を持っていたのか、本人が具体的に何を決め、何を実行し、どのような成果につなげたのかまで確認する必要がある。
バックグラウンドチェックやリファレンスチェックは、候補者を落とすための仕組みではない。履歴書、職務経歴書、面接、適性評価などと合わせ、採用候補者を複数の情報から確認し、採用後のミスマッチを抑えるための判断材料として位置づけることが重要である。
AI人材育成とAI人材採用は別々に考えない
企業では、既存社員へのAI研修を「人材育成」、AI人材の中途採用を「採用」として別々に運用することが多い。しかし、AI人材戦略として考えるなら、本来は一つの流れとして設計する必要がある。
まず、自社にどのようなAI人材が必要なのかを定義する。その基準を採用条件へ落とし込み、面接や実務評価で能力を確認する。必要に応じてバックグラウンドチェックやリファレンスチェックで経歴や職務実態を補完し、入社後はAI研修と実際の業務をつなげる。さらに、AI活用によって生まれた成果を人事評価やキャリア形成へ反映する。
この流れが分断されていると、「優秀なAI人材を採用したのに活躍できない」「AI研修を受けさせたが社員が使わない」「DX責任者を採用したものの期待した変革が進まない」といった問題が起こりやすくなる。
55.1%がデジタル教育に不満を感じているという数字は、研修の回数だけを増やしても、人材戦略そのものが変わらなければ成果につながりにくいことを示している。
AI時代の採用は「自己申告だけに依存しない」
生成AIによって、応募書類も面接準備も高度化している。だからこそ企業側も採用方法を更新する必要がある。
重要なのは、AIを使った応募書類を疑うことではない。候補者が申告する情報だけで採用を決めず、面接、実技、職歴確認、バックグラウンドチェック、リファレンスチェックなど複数の情報を組み合わせて判断することである。
AI時代の人材採用で問われるのは、「この候補者はAIを使えるか」ではない。「AIを使って自社の仕事を変えられるか」、そして「その能力や経験をどこまで確認できるか」である。
株式会社企業調査センターでは、採用候補者に対するバックグラウンドチェック、リファレンスチェックをはじめ、企業信用調査などを実施している。AI・DX人材、管理職、海外人材など、経歴や実績の確認が重要となる採用では、採用ポジションや確認目的に応じて調査項目を設計することが重要になる。
AI人材採用でよくある質問
AI人材の採用では何を確認すべきですか?
AIツールの利用経験だけではなく、候補者が過去に担当した業務、プロジェクトでの役割、意思決定の範囲、AI導入によって生まれた成果、周囲との連携などを確認することが重要です。必要に応じてバックグラウンドチェックやリファレンスチェックを組み合わせることで、書類や面接だけでは分からない情報を補完できます。
AI人材採用でバックグラウンドチェックは必要ですか?
すべての採用で必須ではありません。ただし、管理職、DX責任者、AI推進責任者など、過去の経歴や実績が採用判断に大きく影響するポジションでは、申告された経歴を必要な範囲で確認することが採用判断の補助になります。
バックグラウンドチェックとリファレンスチェックの違いは何ですか?
バックグラウンドチェックは、採用候補者の職歴や経歴などを確認するプロセスです。リファレンスチェックは、過去の上司や同僚など第三者への照会を通じて、候補者の職務内容、能力、仕事の進め方などを確認する方法です。
AI研修を実施しても社員がAIを使わないのはなぜですか?
研修の質だけが原因とは限りません。学習時間を確保できない、実務でAIを利用できない、管理職の理解が不足している、AI活用による成果が評価されないなど、組織設計側に原因がある場合があります。
AI人材とDX人材は同じですか?
完全に同じではありません。AI人材はAIの活用や実装、業務への適用などに重点を置く一方、DX人材はデジタル技術を活用して事業や組織そのものを変革する役割まで含む場合があります。ただし、現在は両者が重なる領域も増えています。
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また、今回のテーマの出発点となった「AI研修を増やしても社員は育たない」という問題については、noteでもデジタル教育とAI人材育成の視点から詳しく取り上げている。企業の採用実務だけでなく、社員教育や組織づくりまで含めて考える場合は、あわせて読むことでAI人材戦略をより立体的に把握できる。
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